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たね子の憂鬱

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たね子の憂鬱

By: 芥川 龍之介
Narrated by: 志葉 丈瑠
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代々江戸城の茶室を管理し、将軍や大名に茶の接待をする「奥坊主」と呼ばれる職を務めた家柄に育ち、文芸や芸事への興味・関心を早くから持っていた芥川龍之介。
才気にあふれ、世話好きな性格は周りの人々を惹きつけ、たくさん悩みながらもよく笑い、よくしゃべる人だったそうです。
そんな芥川は、東京帝国大学に入学した翌年、高校の同級だった久米正雄らと共に第三次「新思潮」を創刊し、小説や翻訳を発表しました。
次いで第四次「新思潮」を創刊の際に掲載した『鼻』が夏目漱石に認められ、文壇に登ることとなりました。
その後新聞社に入社し、記者としてではなく専業作家として意欲的に執筆活動を続けました。
芥川は、漱石や森鴎外から文体や表現の影響を受けたり、キリシタンもの、江戸を舞台にしたものなど題材に応じて文体を変えたりと、意識的な小説の書き方をしていました。
また、鈴木三重吉により創刊された児童雑誌「赤い鳥」には、初となる童話作品『蜘蛛の糸』を発表、その後も同雑誌を中心に童話作品を相次いで発表し、幅広く作品を世に残しています。


たね子は夫の先輩に当るある実業家の令嬢の結婚披露式の通知を貰った時、ちょうど勤め先へ出かかった夫にこう熱心に話しかけた。
「あたしも出なければ悪いでしょうか?」
「それは悪いさ。」
夫はタイを結びながら、鏡の中のたね子に返事をした。もっともそれは箪笥の上に立てた鏡に映っていた関係上、たね子よりもむしろたね子の眉に返事をした――のに近いものだった。
「だって帝国ホテルでやるんでしょう?」
「帝国ホテル――か?」
「あら、御存知なかったの?」
「うん、……おい、チョッキ!」
たね子は急いでチョッキをとり上げ、もう一度この披露式の話をし出した。
「帝国ホテルじゃ洋食でしょう?」
「当り前なことを言っている。」
「それだからあたしは困ってしまう。」
「なぜ?」
「なぜって……あたしは洋食の食べかたを一度も教わったことはないんですもの。」
「誰でも教わったり何かするものか!……」
夫は上着をひっかけるが早いか、無造作に春の中折帽をかぶった。それからちょっと箪笥の上の披露式の通知に目を通し「何だ、四月の十六日じゃないか?」と言った……©2022 PanRolling
Historical Fiction World Literature
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